イワンのばか
トルストイの作品が好きだ。
とりわけ『イワンのばか』『人にはどれほどの土地がいるか』。この2作品が私は好きだ。
イワンのばかを簡潔に表すと以下のような話である。
ある国に、3人の兄弟がいました。
長男は軍人で、力と武勇を重視する
次男は商人で、金儲けを重視する
三男のイワンは「ばか」と呼ばれるほど素朴で、ただ黙々と働く
悪魔は、この3兄弟を争わせようとします。長男には軍事的な欲望、次男には金銭欲を刺激します。しかしイワンには、そうした欲望がありません。
イワンは、悪魔がどんな策略を仕掛けても、「そんなことより仕事をしよう」と畑を耕し続けます。
やがて兄たちは欲望によって身を滅ぼしていきます。一方イワンは、働き、食べ、家族と暮らし、持っているものを人にも分けながら生きていきます。
「手で働かない者は、食べてもいけない」
これはこの物語の有名な原則で、、頭の良さ・金・権力・暴力で他人を支配しようとする人間より、愚直に働き、欲を抑え、他人と分かち合う人間のほうが幸福に生きられる、というトルストイの社会・人間観を寓話にした作品
『人にはどれほどの土地がいるか』は、農民パホームが「もっと土地があれば、もっと豊かになれる」と欲を膨らませる物語。
パホームは安い土地を求めて遠方へ行き、「日の出から日没まで歩いた範囲を自分の土地にしてよい」という話に挑戦する。欲張って広大な土地を囲おうとした結果、最後には力尽きて死んでしまう。
結局、彼に必要だった土地は、死んだ彼を埋葬するための「6フィートほどの土地」だけだった。
つまり、人間の欲望には際限がなく、「もっと、もっと」と求め続けても、最後に必要なのはほんのわずかな土地であるという寓話である。
この2つの物語に流れる共通のテーマは、人間は生きていくために何が大切なのかという問いかけだ。
金なのか、武力なのか、権力なのか、土地なのか。
トルストイは、少なくともこの二つの作品において、それらを追い求めることが人間を幸福にするとは描いていない。
むしろ、働き、食べ、家族と暮らし、自分たちが生きていくために必要なものを持つ。
私はこれこそが、トルストイの思想の核心の一つであるように思う。
自分と家族が食べて生きていくために必要な土地。
それ以上のものは、本当に必要なのだろうか。
資本主義社会に生きている私たちは、毎日のように「もっと買おう」「もっと稼ごう」「もっと持とう」と促されている。
だからこそ、ときには立ち止まって、
「自分が生きていくために、本当に必要なものは何なのか」
と考えてみてもいいのかもしれない。

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