息子を京大に入れた祖母の話

息子を京大に入れた祖母の話

島根のある田舎町に、私の母方の祖母の家がある。

跡取りを失ったため、家は草が生い茂る荒屋になり、介護する家族がいないため自身は老人ホームで暮らしている。

人生は失敗だったのか。

そんなことはない。

長男・長女、2人の子どもを育てあげ、6人の孫がいる。

長男、つまり私の叔父は、京都大学から農水省の官僚になり、最後まで勤め上げた人物だ。

子どもは出世を遂げ、子宝にも恵まれた。人生万々歳である。

しかし、荒れた荒屋を見ると、私はどうにも悔しさと無念さが込み上げるのだ。

手塩にかけて育てた息子は東京様に取られて、大事にしていた実家は荒屋になる。

そして自身は、現代の姥捨て山たる老人ホームで暮らしている。

これは本当に家のガバメントが成功していると言えるのだろうか。

幸い、叔父の家庭は皆んな優秀だが、一家は散り散りになって、家族のエンパワーメントは非常に小さくなっている

息子が優秀すぎて、家が存続できなかった話として私のロールモデルとなっている。

優秀な子どもが田舎に戻るケース

子どもが高学歴と呼ばれる大学に入れるくらい優秀だった場合、その子どもを田舎に連れ戻すのは非常に難しい

高学歴新卒カードを持っていれば、高年収の有名企業にも入れる機会が開けている。

そして、そんな高年収の企業やブランド力のある企業は都会に集まっている事実がある。

田舎に連れ戻す、帰ってもらうためにはこれを上回るメリットを提示しなければならない。

そのため、高学歴と呼ばれる大学に入れるくらい優秀な子どもが田舎に戻るのは、田舎に家業(会社、開業医、不動産など)があるなどのケースになるだろう。

家業がある(ない場合は作る)か、子どもが優秀すぎない。

家をつないでいくには、このいずれかになりそうだ。

個は組織には勝てない

核家族の形態が主流になって久しい。

叔父の家も核家族であり、その子どもたちもまた核家族である。

しかし、家族は集まって暮らせば暮らすほど、エンパワーメントが大きくなる

個人がいかに優秀だろうが、数の多い集団には勝てない。

多勢に無勢。

個は組織で戦う集団には勝てないのだ。

何世帯か一緒に暮らすときに、一番ネックになるのはやはり嫁・姑問題だろう。

「戦後、強くなったのは靴下と女」という通り、姑と一緒に暮らすこをに抵抗を持つ女は多い。

というより、ほとんどの女は姑と暮らすことに抵抗があるだろう。

しかし二世帯・三世帯と暮らしていき、大家族を形成するためには、ここに理解がある女を選ぶ必要がある。

とどのつまり、嫁は下からもらえということである。

おはり。

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