寄進地荘園と節税の歴史

寄進地荘園と節税の歴史

奈良時代の税制度

租・調・庸とは、奈良時代の税の名前である。

そのうちの一つである祖とは、天皇から与えられた田の収穫の3%程度の稲(米)を納めるという税である。

その税の重さから、田を捨て逃亡する者も多く、山上憶良はその苦しさを『萬葉集』の貧窮問答歌で歌っている。

高校時代、私はこれを学んで「奈良時代はなんて大変だったんだ」と思ったものである。


現代でもっとも有用な節税法は「法人を作ること」

しかし、よくよく考えると、現代でも税というものは存在する

法人税、住民税、所得税、消費税、固定資産税、相続税、贈与税、たばこ税etc。

消費税などは、購入した金額の10%も取られるようになっている(一部例外あり)。

サラリーマンは源泉徴収という制度のため、自分がどのくらい払ったか実感が沸きずらい側面があるが、現代でもなかなかの税金を納めているのである。

さて、そんな現代においてもっとも有用な節税方法は何といっても「法人を作ること」だろう。

売り上げに対して税がかかるサラリーマンとは違い、法人では利益に対して税がかかる

そのため経費を調整すれば、法人経営者は納税額をある程度コントロールすることができるのだ。

*詳しくは以下の記事参考

源泉徴収という賢いシステム

2021年3月27日

現代における有用な節税方法が法人を作ることだったのに対し、それでは古代の場合は節税方法が何かあったのだろうか。

その答えが寄進地系荘園である。


平安時代の節税法、寄進地系荘園

寄進地系荘園。

高校の日本史で習うこの言葉だが、これが節税方法であると教えられるのは少ないのではないだろうか。

時代は今から1,000年以上さかのぼる。

平安時代。農地を支給する班田収受法は既に廃れ、自分で開墾した土地は自分の土地と認められる墾田永年私財法という法が出来ていた。

有力農民。ま、今でいう働き者で、タフなメンタルと高い能力を持った人たちですな。

この人たちは墾田永年私財法の方のもと、自ら田を切り開き、自分の土地を増やしていた。

この有力農民が力を付け田堵になり、更に力を付け開発領主になり、後々には武士になっていく。

ポケモンでいう、コイキングがギャラドスになるような感じである。

平安後期になると、鎌倉武士が登場するが、その実態は力を付け自分の土地の権利を守らんとする有力農民なのである。

さて、自ら切り開いた田にも、当時の法律では重い税が課せられた。

何とか税を少なく、できれば免除にできないものか。

考え出した答えが「貴族や寺社に自らの土地を寄進すること」である。

貴族や寺社の土地(荘園)は、租税の免除を認められることがあったのですな。

つまり、寄進地系荘園は平安時代の節税法なのである。

節税法は現代だけのものではなく、古くからあったのですな。

歴史を振り返ると、節税法は形こそ違うが連綿と受け継いでいる。

しかし、このことに気づき活用する人はいつの時代も少ないのである。

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