貯蓄は信用を生む

貯蓄は信用を生む

安田善次郎の『金の世の中』という本を読んでいる。

安田善次郎は、ご存知のとおり、安田財閥を築いた明治期の実業家である。

安田はこの著書の中で、勤倹貯蓄をする人は信用されると説いている。

長い引用だが紹介しよう。

 そこで、勤倹貯蓄をする人としない人との社会的信用はどうかと言えば、勤倹貯蓄をしない人は信用されることが少なく、勤倹貯蓄をする人はどの方面からも必ず信用される。「私は勤倹貯蓄をしております」と自分の口から言わずとも、勤倹貯蓄をしている人は、それだけどこか違ったところがある。

 例えば、事務が丁寧であるとか、軽く浮ついたところがないとか、万事に確実で几帳面であるとか、裏表がないとか、仕事に忠実で熱心であるとか、どこかしら信用されるべきところがあるのだ。もちろん、一日や二日で信用されるということはないが、一カ月二カ月とたつうちに必ず認められて信用されるようになる。

『金の世の中:安田善次郎の勤倹貯蓄論』安田善次郎

勤倹貯蓄をする人の特徴は、確実性だ。

真面目であり、几帳面であり、確実主義である。人からの信用は地道に積み重ねていくものであり、失うときは一瞬だ。

勤倹貯蓄をする人の持つ確実主義は、信用を積み重ねるための必須条件なのだ。

逆に安田は、勤倹貯蓄をしない人はその性質から人からの信用を落とすことになると説いている。

 これとは逆に、普段から勤倹貯蓄の心がけがない人は、最初は信用されたいと思って真面目に熱心に働いて、立派な人物を装うのだが、時間がたつにつれてボロを出し、半年もすれば化けの皮がはがれてくる。いくら才能がある人間でも、永久に人をごまかしとおせるものではないのだ。

 多少にかかわらずボロを出してしまえば、たちまち信用を落とすことになる。「あいつは真面目のようだけど、実は不真面目なんだ」、「真面目を装っているだけで、タチの悪い不真面目だ」、「あんな奴をうっかり信用すると大変なことになる」。こんな風に見られてしまえば最後で、たとえそこから本当に真面目になったとしても、真面目であることを認められるのは非常に難しい。

『金の世の中:安田善次郎の勤倹貯蓄論』安田善次郎

勤倹貯蓄をしない人は、確実性がない。

そして、その性質のために、重要なことを任せられない、人から信用されないという事態を引き起こす。これは人生において非常に大きな損失と言えるだろう。

金にだらしないと人から信用されない

私の知り合いの話をしよう。

知り合いAは、非常に仕事ができる人物であったが、金に開放的な性格だった。一言で言えば、お金の扱いが雑だった。

20代半ばで結婚し、すぐ家を建てた。3000万円の家である。

拘った内装に、家具家電も大型の高いものばかり。

額面20万円の中、月々住宅ローンの返済が8万円。奥さんは専業主婦で、子どもに、猫までいた。

電気ガス光熱費、食費も知り合いA持ち。

それでいて、昼食は1000円近くするものをコンビニで買っていた。

私はよくお金が回るなと感心していたが、実情は違っていたみたいだった。

知り合いAは住宅ローンとは別に、クレジットカード他で100万円を超える借金をしていたのだ

最終的にはカードの返済が追いつかず、会社に返済のため100万円お金を借りていた。

結局会社からお金は借りれたが、Aはお金のことは任せられないと判断され、人から信用を失った。

Aを見て、私は安田善次郎の貯蓄は信用を生むという言葉を思い出した。

人生は戦いである。

戦いで特に重要なのは、前線部隊ではなく、兵站だ。

兵站とは、戦争を遂行するために必要な人的、物的戦闘力を維持、増強して提供することである。

貯蓄はその兵站の重要な一角を占める部分である。

貯蓄なくして、兵站を制すことは出来ず、兵站なくして、人生という戦いを制すことは出来ない。私はそう考える。

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